【香港経済を追え vol.35】

2021年に入り、早くも三週間が過ぎようとしていますが、香港ローカルの経済雑誌も希望的観測に近い去年の振り返りと今年の予想が、だんだんと論調が落ち着いて来ました。

★去年の振り返りと今年の見込み:不動産投資の角度から

投資、資産運用をテーマにした週刊経済紙『経済一週』から、不動産物件投資のコンサルタント「1%Anthony」(わんぱーせんと・アンソニー)という名前で連載コラムを寄稿している方がいます。第2044号(2/1-8/1 2021)で、読者からの質問に答える形で去年の回想と今年の見込を概説していますので、要約でご紹介します。

読者からの質問は、コロナの影響で不動産市況は動きがなくなってしまったように感じるのに、なぜ価格が落ちないのかというもの。

1%Anthony氏は、「自分の周囲の友人やアナリストで不動産価格は暴落すると予想を述べる人は今でもいる」としながら、「実際の住宅物件指数の下げ幅は一割近くであり、個別の物件で見ていくと確かに2割以上値下げしているものもあった」と分析。市場の自律的な要因のほか、香港の行政長官キャリー・ラム(林鄭)が中層所得者向けの持ち家購入を後押しする「林鄭プラン」と呼ばれる政府の景気刺激策には、不動産売買登記の印紙税の二重課税(ダブル・スタンプ・デューティーDSD)撤廃や、ローンで住宅購入する際の頭金の金額設定の緩和などを含む一連の施策があり、「600万香港ドルから1,000万香港ドルの中等住宅物件の売買が今年はマーケットで大きな伸びを見せるだろう」と予測している。ここには転売目的で企業が1,000万香港ドル超の高額物件を買い占める状況が、コロナの影響で短期的には動きが取れないでいることが影響している。

住宅以外の物件は、DSD撤廃のメリットと、モーゲージ額が五割まで緩和されたことから、景気の谷から急速に回復することが予想される。投資目的ならば、住宅物件以上に有利になると思われる。住宅以外の物件と言えば、有名高級マンションの駐車場スペースも含まれ、百万香港ドルからもターゲットになる物件があり考慮するに値する。賃貸収入に制限が多く利益に繋がりにくいが、投資物件としては2021年注目すべき伸びが期待できる。

商業物件は、取り扱いがいちばん難しい。

まず、大陸からの投資目的で富裕層が香港にやって来るブームは去ったこと。第二に、ポストコロナの経済は、全世界的にe-Commerceが主流となって来たこと。この二つの要素は今後避けては通れない。

ということは、資金が潤沢ではない一般市民にとって、限られた資金で購入可能な、狭い面積で、人通りが多くなく、飲食向けでない店舗用商業スペースはテナントが付かずリスクが高すぎる。とは言っても、市場相場よりもずっと値下げされた潜在価値のある物件を見抜く力があれば、利益は出せるので、短期の売買は活発になると予想され、値下げ傾向も緩くなっていくと思われる。

ビジネス向け物件は去年下げ幅が大きかったが、店舗物件ほどひどくはなかった。大企業から中小・零細に至るまでそれぞれに微調整しながら運用されている。

消費者動向は、リアルの店舗を訪問して買い物をするパターンから、ネット上で各種のサイトでより値段の安い物を探しながら望む物を購入するパターンに変わりつつある。

ということは、倉庫物流、資産運用サービスなど、ビジネス向け物件の潜在ユーザーがいるということで、ビジネス向け物件は手堅く上昇していくことが予想される。

以上、1%Anthony氏の見立てを一言でいうなら、「林鄭プラン」が続く間は、住宅物件では中層価格帯の転売、非住宅物件では店舗用よりもビジネス向け物件が比較的確実に利益を出せるということが言えるでしょう。

別の言い方をすれば、商業物件の賃貸価格はじりじりと上がっていくことになるだろうと言えるでしょう。

★香港ローカル不動産市況のキーワード

上記の週刊経済誌の同じ号の別の記事では、キーワード五つで2020年の振り返りと2021年の予想をまとめています。

~2020年を表す3つのキーワード~

1.蝕讓沽貨=コスト割れ譲渡・物件投売り。

コスト割れの物件売却は確かにあったが、2020年最初の10か月で実際に原価割れして売却された事例はわずか294件だった。登記金額は成約の2.5%であることから推し量るに市況全体としては逼迫した状況とまでは言い難い。

原価割れ売却の事例四つ:

・紅磡昇御門(九龍半島東寄り、セントラルに繋がる地下鉄新路線の経由地) 4LDK

[Chatham Gate 地下鉄黃浦と何文田の間]。成約額2565万香港ドル。手続き費用・諸税公課などまで含めた損失額、計683.5万香港ドル。

・何文田半山壹號 (九龍半島北東、高級住宅区)バルコニー付き3LDK

[Celestial Heights] 実用面積1604平方フィート、成約額4050万香港ドル。帳簿上損失額で684万香港ドル。平方フィート当たりの単価25,249香港ドル。

・西營盤 瑧蓻(香港島西寄り)200平方フィートのワンルーム

[Artisan House]115万香港ドルの値下げで、成約額585香港ドル。
https://www.youtube.com/watch?v=Bc_L7ZoL5Fk

・香港仔南灣2座中層(香港島南側西寄り)

[mid-level, Larvotto Tower 2] 売り手は物件所有三年未満で、買値は5385万香港ドルで、成約額は4400万香港ドル。平方フィート当たりの価格は約24,500香港ドル。帳簿価格で985万香港ドルの損失に加え、さらに超短期所有の売買印紙税が10%上乗せ。

住宅物件は儲かるという言葉は最終的には正しいとしても、どんな投資も物件を抱えて売り時まで持ちこたえられるかという財務上の体力が試されると言える。

2.跌穿萬元=平方フィート単価が一万ドル(金額で5桁)を割る。

2020年発売の新規物件は多くが単位平方フィート額が20,000香港ドルが目安。これは新界ニューテリトリーの東寄りの大圍Tai Waiや將軍澳Tseung Kwan O、西端の天水圍Tin Shui Waiや屯門Tuen Munで発売開始直後に9割が成約した盛況ぶりからも、このレベルが受け入れられていることが伺える。

ただ中古物件の指数となると、バック・トゥー・ザ・フューチャーと思うかという単価の「一万ドル割れ」現象がニューテリトリーの民間デベロッパーのマンションで見られた。同じ元朗区の天水圍Tin Shui Waiでも七つのエリアから成り最長で築後30年となる嘉湖山莊Kingswood Villasでは「一万ドル割れ」現象が何度か起きており、例として640平方フィートの物件売却では単価が9,375香港ドルだった。

キャセイパシフィックの5300人という大量解雇の後、空港に最も近い住宅区である東涌区Tung Chung Districtでは売り物件が大量に出回り、結果、東涌映灣園Carribean Coast, Tung Chungの3LDKでは単価9561香港ドルの値がついた。

この傾向は個別の地区に限ったことではなく、ニューテリトリー西でも90年代から開発の始まった荃灣荃威花園Allway Gardens (Tsuen Wan) 深井麗都花園Lido Gardens (Castle Peak Road, Sham Ching), 1968年-1978年にかけて八期に分けて落成・入居開始した美孚新村Mei Foo Sun Tsuen (荔枝角Lai Chi Kok周辺の再開発で、地下鉄駅の美孚Mei Fooが設けられ、地下鉄路線の新設によって新たな郊外ベッドタウンが出現する走りとなった)では、単位価格9672香港ドル、9839香港ドルが記録された。これから中古物件を購入して自身が居住しながら買い換えてレベルアップを狙う既婚若年層などにとっては、むしろ選択の可能性が拡がり、朗報だと言える。

3.滿街吉舖=『テナント募集中』だらけの繁華街。

香港経済の主流は消費であり、旅行業・小売業はその重要部分。しかし新型コロナはこの二つに大打撃となった。ネットでの購入の増加と合わせて、店舗物件の空きが激増。賃貸料も2019年までの急騰価格に比べると、化粧品ブランド店や電子製品アクセサリー店など2020年は9割減という例も少なくなかった。2020年11月、市況を刺激するため香港政府は施政報告の中で引き締め緩和を謳い、ビジネス店舗の登記印紙税二重課税を撤廃したが、収入源のなくなってしまった零細の不動産オーナーにとって、これが功を奏するかどうかは、いまだ時間がかかりそうな見込みだ。

~2021年を予想する2つのキーワード~

住宅物件については、世界でも最劣悪な住宅事情を緩和するべく香港政府は低所得者向け賃貸公団住宅「公屋 public housing estates」の建設とともに、中層所得者向けの分譲公団アパート「居屋 government’s ownership-oriented housing units」の建設も積極的に行うと言っている。2021年に発売される居屋新規物件は13,000戸あまりが予定されており、2020年の7,047戸を優に凌ぐ。2021年に発売開始される物件〔香港では「買樓花」という 

表現があり、建設が開始した時点でモデルルームなどで完成時の様子を展示して、民間でも公団でも住宅物件は落成前に売りに出される〕の多くは、ニューテリトリーの、元朗Yuen Long屯門Tuen Mun錦上路Kam Sheung Road 啟德Kai Tak(いずれも同名の地下鉄駅あり)に集中している。

※現在工事中の地下鉄延長路線、屯馬線〔九龍半島の西端である屯門Tuen Munから東端の馬鞍山Ma On Shanまでを横断して連絡〕および北環線〔中国側へ陸路で渡る落馬洲Lok Ma Chauに連絡〕が開通すると、上記の駅は始点または乗換駅として重要拠点となる。

将来の複数路線の乗り換えを意識した、広々とした錦上路駅構内の様子。

1.移民=香港脱出。

2021年の不動産市況は上がるか下がるか?市場の意見は諸説紛々だ。ただ、「移民~香港脱出」というキーワードが市況の今後を左右する。

大手不動産代理店の中原Centralineの資料では、2020年11月中古住宅の買い手募集は例年比で44%の急増を示し、26,000戸に上った。

この内、どれほどの物件が家賃収入徴収中断したのだろうか、現金は必要だが物件は要らないのか、今のところは影響の結果は判断しがたい。

1997年以前に香港で生まれて、旧・英国植民地体制下の香港出世者には交付可能だった英国政府発行のBNO(英國國民(海外)護照, 英語:British National (Overseas) passport)は1987年から英国大使館にて発行されており、ボリス・ジョンソン首相によるイギリス政府は2021年1月末から、BNO保持者を「イギリス国籍者」としてイギリス入国を受け入れ始めた。BNO「5+1」プランの発表後、わずか四ヶ月で2000人の「イギリス国籍」の香港人が英国に移住した。BNOを申請する資格のない香港人は、中華人民共和国香港特別行政特区政府発行のパスポートを持つことになり、当然国籍はChinese – People’s Republic of Chinaということになる。

英国側データによると、2021年に香港人がBNOで英国に移り住むとされる人数は15万から20万を予想している。公務員職に就いている香港人でも30万人が移民するだろうと見込まれている。

以上の数字は、旧英連邦のメンバー国である、オーストラリア・カナダや、そのほか東南アジア諸国を統計に入れていない。看過できない移民のファクターの潮流は、住宅不動産物件市場に大きな牽制力として働き、はたまた信用の危機にも繋がる。しかし、経済の行く方がおぼつかない状態で、政治に勢いのない、この悪条件の元でどれほどの香港人が資産売却して香港を離れて移民するのかは予測し難い。したがって、このキーワードが2021年から2022年にかけてどのように熟成していくのか見守っていきたいものだ。

2.物價=(物価)消費者行動の回復。

もう一つのキーワードは「物価」。香港のインフレは四ヶ月間連続しているが、インフレ・超インフレは短期的な現象にすぎないかもしれない。世界的に感染拡大の第N回目の波(日本は第三回目、香港は第四回目)が起きている中、少なからぬ消費行動力が押さえつけられている。

しかし、ワクチンが登場するにつれて、最近では少なくない石油・銅・鉄鉱石などの原材料や、食料価格が上向き始めており、世界各地でロックダウンによりサプライチェーンが不安定になっていることを除くと、需要も回復しつつあるが、供給が追いつかないこともある。加えて地球規模の大量QE=Quantitative Easing量的金融緩和により、商品や食品の価格が既に上昇しつつある。

そんなわけで、2021年以降の日々は、物価上昇の幅が大きな波動になるのか、目が離せない。物価上昇の後には「後抽~ボトルネックレベルまで落ちること。揺り戻し」が起きるのか?それとも物価停滞は止まって、以前のような上昇傾向に戻るのか?

(参考:版權 © 2021 大德證券(亞洲)有限公司  “分析概念>轉勢形態 如何應用形態分析來預測市勢?”

http://iportal.infocastfn.com/taitak_portal/TaiTak/AnalysisConcept.asp?LangId=2&id=1

インフレが今後も高止まりし続けるならば、全世界的な利率も低レベルから引き上げざるを得ない。もしそのように利率サイクルの中で新たに上下が始まるなら、住宅不動産市況には明らかに不利になるだろう。