【香港時事討論 Vol. 3】
9月4日の発表がもたらす今後の動向について 〜 その2
香港での情勢に、大きな転換点となる行政長官の発言に対して、今回は立場の全く異なる日刊紙の評論を2つ紹介します。
1. 香港日刊紙 『経済日報』の2019/09/05社説
原文見出し「林鄭提和解方案 市民共尋港出路」
~香港行政長官が和解提案を示し、市民とともに事態の出口を探るよう呼びかける~
香港行政長官の林鄭月娥キャリー・ラム(以下、林鄭)が4日午前、録画の形で逃亡犯引渡条例改定草案の撤回を含む「四大行動」をテレビで正式に宣言。
■四つの行動を示して局面打開を目指し、暴力に代えて対話を■
ここ数か月、デモ抗議活動が続き、香港が危うい状況に向かったことについて、林鄭は4日、「四大行動」を提示した。これには条例改定の正式撤回(立法議会が回復後に、撤回の動議を提出する)、警察監督委員会の増強および海外からのプロ顧問の招聘、林鄭および各省庁のトップが市民との対話のために民間と接触、社会の各指導者・学者と深層の問題について研究・討議することを含んでいる。
林鄭は譲歩を望んで、条例改定撤回にも同意したが、これに至る原因は2つある。
1つは、もし譲歩の姿勢をまったく示さないならば、当局は更に出口のない混迷に向かうだけである。特に10月1日の中華人民共和国の国慶節までに1ヶ月を切った。林鄭が譲歩し、抗議者の5つの請願に部分的に回答を出したことに基づき、「和理非」(=和平的理性的非暴力的な抗議活動)を進める市民と交渉のテーブルに着く機会を捉え、目下の情勢を緩和して香港政府側の活動スペースを大きく取れるようにし、北京中央政府が政権簒奪・香港独立であると認定した少数の暴徒を取り扱おうとしている。
2つ目に、米中が熾烈な全方位的な貿易戦争を進める中、ワシントンは北京が香港のデモをどう扱うかを貿易戦争とリンクさせたため、アメリカが香港問題を大胆にも中国への切り札として切ろうとしていると、北京側は見ている。香港での条例改定の反対デモが沈静化すれば、中央政府にとっては手間と憂慮を減らすことができる。
林鄭は今回、初めて市民の五大請願にひとつずつ答弁し、その内容が実行し得ないことの原因を明らかにし、その上で四大行動を提案して、香港社会が前に向かって進む起点にしようとしている。しかし、林鄭の差し伸べるオリーブの枝は、当初の政府側対応の範囲を出るものではなく、議会外の民陣派(「民間人民陣線」Civil Human Rights Front)であれ、議会内の泛民派(Pan-Democracy Camp)であれ、「五大訴求欠一不可~五大請願、一つも欠くべからず」というポリシーを堅持しており、対話を拒んでいる。
一方、五大請願のある部分、つまり暴力的行為を働いて逮捕された者を釈放すること、関連した罪状を訴追しないことについては、合理性を欠き、法治精神にそぐわない。法治を擁護するなら、警察が違法な暴力行為に参与したデモ参加者を起訴することは必要であり、法廷で有罪か無罪かを問うべきである。香港政府が、法廷に対して情状酌量を願う、あるいは特赦を施すなどは対話のテーブルで討議すべき問題だ。
大多数の市民および警察監督委員会の主席理事である梁定邦氏が支持する独立調査委員会による警察官の行為については、林鄭は依然これを受け付けるのを拒んでおり、むしろ警察監督委員会のメンバーを増やし、海外からプロ顧問を招聘して調査をさせようとしており、そうした措置が有効であるか否かは今後の観察が必要である。現在の重篤な情勢にあっては、警察と市民が衝突している緊張関係を終結させることが必要であり、香港政府が独立調査委員会にオープンな態度を見せて、「和理非」を旨とする市民が進んで意思疎通の場に出てくるように計らい、双方がプラス・マイナスの面を検討して、公開の話し合いを経てから、その後に秩序をもって進むべきである。
■ 和解による信頼関係の再建、協力して難題解決を■
三ヶ月に渡る暴力的デモの騒動の後、香港市民は身も心も疲れ果てている。今やっと林鄭が条例改定草案撤回を良しとして、信任を取り戻し、社会秩序の回復に重要な一歩を踏み出す為には、市民の側もこのチャンスを逃すことなく、これまでの立場の固執することなく、「五大請願、一つも欠くべからず」を根拠に対話に応じないという態度を改めるべきだ。双方陣営が一歩一歩と踏み出し、お互いの胸中の矛盾を忌憚なく示し、対話のテーブルに着いてこそ、両方が手を携えて難題を解決し、香港という香港人の家に出口を見つけることが出来るだろう。
2. 香港日刊紙『蘋果日報アップルデイリー』2019/09/05 — 蘋果論壇 アップル フォーラム
最上段の論評 筆者:李平
原文見出し「林鄭四招 不是國慶禮物是分化毒藥」
〜行政長官 林鄭月娥の四つの方策 国慶節のギフトどころか香港を分断する毒薬に〜
香港人がこの百日あまり汗水を流して、人によっては命までも投げ出した訴え続けた「五大訴求欠一不可~五大請願、一つも欠くべからず」(五つの請願スローガン)は、ようやく行政長官の林鄭月娥(以下、林鄭)からの回答を得た。林鄭が持ち出した4つの方策は「反送中」(=中国への逃亡容疑者引渡を可能にする、逃亡犯条例の改定草案への反対運動)の嵐を宥めようとするもので、草案の正式撤回、新たな警察監督委員会メンバーの選任、各省庁トップの市民との対話、深層問題の研究と討議を含むものだ。しかし、巷に聞こえる、林鄭が中国共産党に10月1日の国慶節のギフトをしたのだという言説どころか、今回の提案は抗議者たちを分断させ、市民を麻痺させる毒薬と言うべきである。中国共産党・香港内の共産党(以下、中共港共)のメディア攻撃と物理的な暴力に辟易しているところへ、ある者はこれに飛びついて、もらえるものはもらっておくことにして、抗議する側に分裂が生じるなら、敵の思う壺に落ちることになる。しかし、中共港共が道徳的に高い地位にあると自認して、勇気ある抗議デモ者を絶滅させることが出来ると思っているならば、自らを欺くことになる。それほど「五大訴求欠一不可~五大請願、一つも欠くべからず」という請願スローガンの統合団結の力は過小評価してはならないものである。
林鄭は4日、まず親共産党の政客を招集して会見した後、次にテレビでの講話を行い、正式な形で香港市民の請願に答えた。これは激高を和らげる印象を与えようとしたものだ。中国人民解放軍駐香駐在部隊を出動させて鎮圧するという噂から、全国人民代表大会常務委員会が香港に戒厳令を敷いて武装警察を香港に投入して鎮圧させると宣言するという噂、さらには行政長官の権限で『緊急法』(=実質的な「戒厳令」)を成立させるという観測まで、ここ最近の動きは目まぐるしく、中共港共の最大限のプレッシャー・威嚇は行くところまで行った感がある。北京の港澳辦(香港マカオ事務連絡所)スポークスマンは一4日、記者会見の際に「五大訴求」は政治威嚇・脅威であると指摘し、駐在軍の出動、または戒厳令を発布することは香港の政治的秩序回復の一部分であるとまで公言した。林鄭は先週、五大訴求は回答をしていないのではなく、そもそも受け入れることの出来ないものであると述べ、逃亡容疑者の中国への引渡あるいは戒厳令発布よりも、更に苛酷な『緊急法』復興を匂わせた。(注:『緊急法』は英国植民地時代に制定された法律で、警察権力をいわば特高警察・憲兵隊レベルに増強させ、さらにマスメディアでの言論統制を可能にする戒厳令を含んでいる)
■オフレコの会談漏洩が方向転換のキーに ■
なぜ一夜にして、中共港共が大きな方向転換を見せたのか。ロイター通信が林鄭の密室会談での講話録音を暴露したことが一つ目のキーである。そこでは林鄭が、北京のボトムラインの一つが香港に軍隊出動させる意図がないことであることを明らかにしている。もしそうしていたなら、中共が極限までプレッシャーを掛けようとしてコントロールを失ってしまったことになっていたであろうし、意図した方向への誘導に失敗していただろう。しかも林鄭は、「自分にもし選択する余地が与えられるのであればまずやりたいことが辞任である」と意思表明している。「もしこれ以上条例改定草案撤回を宣言しないなら、自分が傀儡役をしていること、また一国二制度・香港人による香港自治の終わりを証明することに他ならない」とも述べている。
10月1日、中国共産党政府の設立70周年の祝賀が間近であることも、もう一つのキーだ。政府側は香港の動乱鎮圧のデッドラインを設けてはいないと公言してはいるが、誰が見ても、このまま膠着状態を引っ張っていくなら、情勢は複雑化して、制御不能となるばかりだ。北京では間もなく、例年通り、国慶節の閲兵式と軍事設備を誇示するデモ行進のリハーサルを行なう。香港の情勢の安堵の色が見えなければ、中国の偉大なる輝かしいイメージを損なわずにいられるだろうか。したがって、北京は表面上軟化の姿勢を見せて「善意」の言葉を出す他はなく、林鄭に国際世論にも配慮した対応を指示して、臨時保留・全面停止に留まらず、条例改定草案を「臨終状態にある」と玉虫色の表現を使った時と同様に、新たな言い回しを見つけさせたのである。
3つ目のキーは、米国がまもなく9月9日に国会再開し、民主党・共和党議員ともに『香港の人権と民主に関する法案』をスピード可決させることで一致を見ている点だ。国会は、いったん立法過程を始動させると、後退させることが出来ず、香港の情勢は人権と民主の問題について、更に高い目標と更に厳格な制裁を設けることしか出来なくなる。中共港共は、アメリカからの影響を声高に内政干渉だと主張するが、それでも何らかの手段を講じて外国勢力からのプレッシャーを引き下げるしかない。
結局のところ、中共港共の得意の計略は、世論戦である。1つに、『逃亡容疑者引渡条例』改定草案の撤回によって、国際社会に対してデモ参加者の請願に回答したと見せること。2つ目に、「和理非」(=和平的理性的非暴力的なデモ)を掲げる市民からの支持を取り付ける、とりわけ、香港の青年が逮捕拘束され、血なまぐさいやり方で鎮圧されていることに憂慮する一般市民にまずは受け入れ可能な道理を示すこと。3つ目に、共産党と親和性の高い団体・政治家に、「反送中」(=中国への容疑者引渡反対)のデモ参加者を一網打尽にする口実を与えてやることである。
しかし、条例改定草案撤回の最後で絶好のチャンスは、百万人の6月9日のデモの時であり、五大訴求への全面的な回答の絶好のチャンスは170万人規模で行われた8月18日の「流水式」(参集を流動的に繰り返す戦術)の抗議集会の時であった。林鄭は何度も過ちを繰り返している。その最初は予告どおりの草案第二読会の宣言である。これによって、6月12日に立法議会を取り囲む市民行動を引き起こした。続いて警察が檻を出た野獣のように制圧と逮捕をヒートアップさせることになった。7月21日には元朗(地下鉄Yuen Long駅)での白シャツ団の強襲、8月31日の太子(地下鉄Prince Edward駅)での黒色武装警察による無差別強権逮捕、こうして香港人が恐怖から自由を手放させる結果になり、これは悪しき引渡条例改定草案の撤回をするか否かの問題を超えてしまっている。林鄭の四方策はまったく状況を好転させる対策にも解決策にもなっていない。
共産党は香港の民意を見誤っているのだろうか。それとも真意は別にあるのだろうか。もし香港世論と国際世論の主流が林鄭の四方策を支持するなら、勇気ある抗議者たちも世論の圧力を受け入れざるを得ないだろうし、警察の暴行のグレードアップにも直面することになる。それが林鄭と港澳辦(香港マカオ事務連絡所)が述べる通りの厳正な法的措置である。林鄭が草案撤回を宣言して譲歩して見せた後は、香港人が更に抗議を示すなら、特に勇猛な抗議活動をする者は、きわめて高い可能性で、色付きの革命、テロ活動と認定され、香港警察による武力制圧の対象となるだろう。
しかし、香港駐在人民解放軍を出動させて、戒厳令を敷く若しくは『緊急法』の整備をすることは、中国共産党の邪悪が顕現する可能性を完全には排除しきれないが、目下のところ威嚇をするには最大限の手段であることは間違いない。林鄭の四方策は市民を分断させ、勇猛な抗議活動者を孤立させる手段となるが、上記のような軍隊出動や戒厳令公布に門を開く陰謀があるとは限らない。理由はそれが中国共産党の執政者の利益とならず、中国共産党が香港へ軍や武装警察を動員しないという当初の共通理解にも一致せず、香港人が香港人をコントロールするという「香港人による香港自治」の策略とイメージを保つ必要があるからだ。
(出典元)
https://hk.news.appledaily.com/local/daily/article/20190905/20762406