【香港経済を追え vol. 5】
It’s still the economy, stupid!
2期目を目指すトランプ大統領の経済重視の戦略がもたらした米中貿易戦争は、香港を巻き込み、まだ終わる気配を見せていない。
貿易戦争が長引くほど、中国から香港を経由して輸出される取引にも影響が出ることは免れない。
華南地区が世界の工場と言われる時代は終わり、軽工業・繊維製品・組み立て工場など製造業の脱中国が進む中、香港がコンテナー集荷量の首位から転落したとは言え、香港の経済基幹がサービス業や金融サービスへの依存度を更に増すことは間違いないだろう。
ブルームバーグ英文記事では、水曜日のトランプ大統領のツイッターに言及して、米中貿易戦と香港を結びつけるような発言と、習近平主席に直接会談をほのめかすような発言があったと伝えられています。
トランプが失言した可能性も否めませんが、日韓の戦略物資貿易管理の厳格化に関する一連のやり取りと同様、米国政府が直接介入することは米国になんら益をもたらさない、他国の問題であるので、ツイッターで言ったことが今後政治的に大きな意味を持つことはないだろうとの記者意見です。
今回は「亞洲周刊」 (Asia Weekly)、Capital Weekly Issue、2記事からの引用です。
~以下は「亞洲周刊」 (Asia Weekly) 8月18日号より引用~
世界第二の人口を擁する国として、中国は食料を輸入に頼っている部分があり、米中貿易戦においても主要な産物の貿易額は交渉のキーとなる。膠着が二ヶ月以上続いている中、トランプは9月1日から中国製品のすべてに関税を課す構えを発表したが、同時に9月から中国側がワシントンに渡って交渉が続行されることがわかっており、依然予断を許さない状況が続いている。
新華社によると、13日に中国国務院副総理劉鶴は、米国貿易代表ライトハウザーと財務長官メニューシンと電話会談し、中国製品への全面追加関税に関しアメリカと会談を行うことを決めたとのことで、両者は二週間後にまた電話会談をすることを了承した模様。
これに続いて、アメリカは一部の追加関税の実施を9月1日から12月15日に延期することを発表。これには携帯電話・ラップトップパソコン・玩具・サンダル・衣料品など、1,560億米ドル相当の製品が含まれる。また別途、健康・安全・国家安全上などの理由から今回の措置を外れる製品もあることが示唆された。
トランプの先に示した内容では、3,000億米ドル相当の中国製品に追加で10%の関税を課すというものであり、さらに中国を為替操作をする国に認定するとさらに強硬姿勢を見せたが、9月からの交渉再開で若干の変化が出てくる可能性があると、ブルームバーグは消息筋の見方を伝えている。
しかし、10月1日に建国70周年を控えた中国が、ここで大幅な情報を見せることもあり得ないため、楽観的な予想ができない状況である。
一方、農業製品の輸入については、ロシア・ウラジオストックからの大豆4,430トンが、上海の北にある食糧輸入の主要港のひとつ、南通市に到着した。これは中露両国が二ヶ月前に締結した大豆に関する協定に基づいて、中国に輸入される大豆の最小ロットである。ロシアからは最大年間80万トンの大豆が買い付け可能であると見られている。
中国企業の数社が、アメリカの大豆の買い付けを決めたが、その数は13万トンに過ぎない。トウモロコシとエチルアルコール、ワイン・大豆油などのアメリカ製品に関しては、いまだ売買契約が結ばれていない。大豆については、ブラジル産の代替品が価格や質においてアメリカ産よりも競争力があるためとも言われている。中国は食糧自給率が高いとはいえ、大豆については年々増加する消費量の8割は輸入に頼っているのが現状である。
一方で、人民元の対米ドル為替が7元を割るという事態に8月4日、アメリカからは中国が為替操作をしているとの非難が出る一方で、今回の事態から人民元が一気にインフレの傾くのではないかとの金融リスクを懸念する向きもある。しかしアナリストは、米国が中国を為替操作をする国であると認定する警告的な発表は1992年から1994年にも5回あったが、事実上は踏み込んだ措置が取られたことはなく、今回も米国自身が保護主義的な傾向で対中政策に望んでいることの表れに過ぎないとも思われている。
貿易戦争が長引くほど、中国から香港を経由して輸出される取引にも影響が出ることは免れない。華南地区が世界の工場と言われる時代は終わり、軽工業・繊維製品・組み立て工場など製造業の脱中国が進む中、香港がコンテナー集荷量の首位から転落したとは言え、香港の経済基幹が更にサービス業や金融サービスへの依存度を増すことは間違いない。
〜以下は、Capital Weekly Issue 716, 8月01日号カバーストーリー“中美貿戰正式波及香港”より引用〜
米中貿易折衝が暗礁に乗り上げてから3ヶ月が過ぎ、ようやく7月31日時点で再開となり、米国代表団が上海へ飛び、中国側と二日間の協議を行った。しかしトランプ大統領はこの交渉再開の前に、「WTOに対して中国へ発展途上国の扱いを与えているのは不適切だ」と再度言及し、さらには香港が中国の枠とは別に貿易最恵国扱いになっていることを取り消すことすらほのめかして、WTOの構造改革を迫っている。米国の圧力は、中国・香港だけへの影響に留まらず、他の諸国からの反米感情を煽ることにもなりかねない。
米国財務長官スティーブン・メニューシン、貿易代表ロバート・ライトハイザーは7月30日火曜日に上海に到着し、同夕、中国国務院副総理劉鶴など中国側高官と、上海の外灘にある和平飯店で晩餐に会した。
今回このホテルは、かつてビル・クリントンやチャールズ・チャップリン、マイク・タイソンなどの著名人が宿泊したことでも話題になり、20世紀の70年代にピンポン外交が行われた際も外国人選手の投宿先となった。米国側の重大議題は、知的財産物と強制的な技術移転の問題が焦点と見られているが、大きな成果が得られるとは期待されていない。
トランプは交渉開始前に自身のツイッターで、「自分が任期再選されれば、対中交渉はいっそう厳格となり、貿易交渉も今回協議の結果が出るか否かにかかわらず米国には勝算がある」と警告をしており、米国側の要求を一歩も緩めない様子だ。
交渉前といえば、中国側も好意的な態度を見せようとしている。まず大豆の輸入量の大幅引き上げ。米国農業部の最近のデータによると、中国向けの九つのロット、合計約60万トンの米国産大豆が輸出前の検察を受けた。これは単独の週で中国に出荷される大豆の量としては、今年2月以来最大規模の出荷となる。この他、マーケット筋には中国が大豆輸入の税目を緩和するとの話が巡っており、外電の報道でも「中国が一部の企業に、報復措置としての米国産製品への関税を免除して米国産大豆の購入することを許可した」とのニュースが出た。消息筋によれば、そのような企業は5社あり、報復関税を払うことなく米国から200~300万トンの大豆買い付けを許可されているという。
直接交渉のテーブルに上がる他、米国は別の面から、テクノロジー・金融・通貨などさらに対中のカードを切ると見られており、加えてWTOに圧力をかけて発展途上国への優遇措置を撤回させるという手段も使うと考えられる。WTO加盟国164カ国のうち、三分の二が発展途上国として貿易上の優遇措置を得ているが、トランプの見方では、中国を含む数十の国がこの措置を乱用し、アメリカの国益を損ねている。
アメリカ側の非難が事実だとしても、中国が世界で二番目に大きな経済圏である事実は変わらず、WTOのデータによると、2015年から2017年の間の中国の貿易比重は、全世界の貿易量の11.58%と非常に高い割合を占めている。ただ、中国が14億人を有する世界で二つ目に大きな国であることからすると、貿易量だけで判断することはできない。一人当たりのGDPを見ると、中国は一気に圏外へ落ちる。
IMFの統計によれば、一人当たりGDPの最高はルクセンブルグで11万4000米ドルである一方、中国は9608米ドルに過ぎず、ルクセンブルクの8%にも及んでおらず、世界番付で72位となっている。アメリカは、昨年一人当たりGDPが6万260米ドルで、中国の五倍以上となっている。
中国は34の省があり、個別の省を見ていくと一人当たりの収入の高いところもあるが、貧しい省も少なくない。成長の不均衡が顕著で、上海市・北京市が全国でもっとも高く、一人当たり収入が35,000人民元・33,900人民元であったが、チベット自治区は7,792人民元、甘粛省・新疆ウイグル自治区はいずれも9,000人民元に満たなかった。最も豊かな上海の数字を見ても、居住者一ヶ月の平均収入額は7,000人民元ほどであり、上記の貧しい省になると僅か1,300人民元となる。世界銀行の「高収入」の国家の定義に従えば、2018年で一人当たりのGDPが12,376米ドル以上かどうかであり、中国と豊かな先進国との間の隔たりはきわめて大きい。
アメリカから名指しで批判を受けているのは中国大陸だけに留まらず、香港・マカオ、アジアでは韓国・シンガポールも名前を連ねている。アメリカからの批判に対して、香港の商務経済発展局局長エドワード・ヤウ氏(Edward YAU, Secretary for Commerce and
Economic Development)は、香港が貿易上最も自由な場所であり、決して発展途上国の扱いで利を貪っているわけではないとして、反論している。
シンガポールも同様に貿易工業部から、シンガポールはWTOにあって発展途上国の位置付けを得ていても、様々の貿易交渉の場でそのような特殊かつ格差待遇のある位置付けを利用して、不公平な優位性を得たこともないと反論。同時にWTOの規則の強化や見直しについてシンガポールが主要なパートナー協議のひとつであること、またEコマースに関するWTO共同声明の発案でも共同召集者の役目を担っていることに言及している。
一人当たりのGDPから見るならば、香港・マカオ・シンガポールの数値はやや高めではあることは事実だが、ランキングで見るならば、マカオが世界第3位、シンガポールが第8位、香港に至っては世界第17位である。シンガポールが生産業を主とするのに対して、香港・マカオは第三次産業を主としており、発展途上国という地位によって恩恵に与かるような優遇は得ていないため、「理由もなく利益に浴している」とアメリカが言うことは当たっていない。
香港のサービス業は、GDPの9割以上を占める。WTOのデータが示すところでは、昨年香港は世界で第8位の商品輸出地であったが、香港の現状は再輸出であり、扱う製品も香港ローカル製造のものではない。サービスの輸出地として香港は世界第15位である。世界三大金融市場のひとつとしては、ニューヨーク・ロンドンに続く位置を占めている。カテゴリーをどのように捉えるとしても、発展途上国の優遇扱いを受けるに値しない。
一方で、トランプから批判を受けている韓国が発展途上国の位置を失うなら、その影響は甚大である。韓国のメディアが伝えるところでは、いったん韓国が発展途上国の扱いを止められると農業に直接的な影響が出る。WTO協定では発展途上国の優遇措置に関するものが約150項目あり、農業分野では、先進国と発展途上国との間では課される義務の大きな差がある。韓国では米が供給過多になっているとはいえ、農民の反対・食料安全確保などの理由で外国からの米の輸入には高額の関税が課される同時に、国内の米生産農家には補助金が支給される。2008年ドーハ会談の際、農業交渉委員会議長は修正案を提出し、韓国が発展国とならないのであれば、米が扱いに敏感な品目として保護は続けるにしても、関税を513%から下げて393%に調整し、また韓国の米生産者への補助金も1万5000億ウォンから8195億ウォンを上限とする水準に落とすべきと提案されている。
市場が懸念しているのは、米国の介入によってWTOが瓦解することである。世界各国がWTOが機能不全に陥ることを避けるために米国の要求を受け入れるならば、片務主義的な貿易上の立場に屈するだけでなく、WTOの各国が連携して解決に向かうという原則がもはや立ち行かないことを示すことになる。
(参考出典)